ARISAKAMigiwa.comへようこそ!

本サイトは私、有坂汀が各所で開設したソーシャルメディアのアカウントや、自身が立ち上げたブログなどをひとつに統一するいわば『自分ポータルサイト』という意味合いを含んだものであると捉えております。

 

しかしながら『半ばは己の幸せを、半ばは他人の幸せを』という少林寺拳法の理念(私はやったことはありませんが)に感銘を受け、私のネット上や全国紙に流した文章などに『何か』を感じていただいた方々と交流することも軸に置いて、このサイトを構築・運営して行こうと考えております。

 

皆様、どうかよろしくお願い申し上げます。 有坂汀


VALUはじめました

「個人が株式会社のように、じぶんの価値をシェア・トレードできる「VALU(バリュー)」というフィンテックサービスを広めるためのプロジェクト。」だそうです。見切り発車で始めましたが、よろしくお願いします。


拙著『斜めからの視点に立つ: 釧路公立大学下山ゼミ生・学生団体SCANたちと分け合った日々』を刊行しました

この本は私、有坂汀が釧路公立大学にて釧路公立大学経済学部の下山朗准教授(現在は奈良県立大学地域創造学部准教授)ならびに北海道学生研究会SCAN第6期、第7期生、および下山ゼミ第10期、および第11期の大学生たちと2015年から2017年にかけての3年間を記録し、さらに自らの半生を織り交ぜた自身初の「ノンフィクション」です。

 

現時点での自分の「到達点」ともいえる作品になりました。

 

その他の販売先はこちら。


メールマガジン 『有坂汀の厳選の一冊~汝が家郷はあらざるべし~』(まぐまぐ)

 私、有坂汀がまぐまぐより発行している無料メールマガジンです。ここでは自分がかつて読んだ本のうち、週一のペースでより厳選したものに書評を添えて発表させていただいております。よろしければご登録をお願いいたします。


Twitter

ご愛顧をいただき、ついにフォロワーが1万人の大台を突破いたしました。感謝御礼につき、これからも引き続きご愛顧賜りますようよろしくお願い申し上げます。 このツールは私の世界を一変させました。140字という制約から、無限の自由が生まれます。


Facebookページ『誇りを失った豚は、喰われるしかない。』

私がメインでやっているブログ『誇りを失った豚は、喰われるしかない。』のFacebookページになります。よろしければ「いいね!』ボタンを押していただけると幸いです。

 


今月の予定

自分の予定をここに張り付けてみました。『予定は未定』になっていることがえてして多いのかもしれませんが…。


エッセイ:生きること、それは日々を告白していくことだろう―。

この言葉は26歳の若さで1992年に夭折したロックミュージシャン・尾崎豊が生前に発表したアルバム『放熱への証(ほうねつへのあかし)』のブックレットの最初のページに掲げられた言葉であり、彼が眠る墓碑銘にも刻まれている言葉でもあります。

 

あれから膨大な時間が流れ、テクノロジーの進化。社会情勢の変化によって、情報を発信することはいまや多くの方ができるようになりました。もちろん、私のサイトもその一つでございます。

 

それにしてもこの言葉を知っているかは別としてブログにアップされている記事やツイッター、フェイスブックのタイムラインなどを見ていると、まさにこの言葉を彷彿とさせるようなことが膨大な量で日常的に発信されていることに驚きを隠せません。

 

『向こう側』にいる彼がこういう世相に対してどのような感想を抱くかはわかりませんし、はたしてこれがいいことなのかは現在の段階で判断することは難しいと思います。

 

しかし事実は事実として受け止めつつ、この恩恵を十二分に享受し、発生するリスクをいかにコントロールするのかが、重要なテーマになっていくのだろうと考えております。


エッセイ:D'où venons-nous? Que sommes-nous? Où allons-nous?

ヘッダー画面として掲げた絵はフランスの画家ポール・ゴーギャンが1897年から1898年にかけて描いた絵画。ゴーギャンの作品のうち、最も有名な絵画の一つである『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』でございます。

 

私がこの絵の存在を初めて知ったのは『グレートジャーニー』で有名な関野吉晴氏の著作である『グレートジャーニー全記録I 移動編 我々は何処から来たのか』と『グレートジャーニー全記録II 寄道編 我々は何処に行くのか』の表紙に掲げられたものがこれだったのがきっかけでした。

 

この作品についてゴーギャンは「これは今まで私が描いてきた絵画を凌ぐものではないかもしれない。だが私にはこれ以上の作品は描くことはできず、好きな作品と言ってもいい」と書き残しており、まさに『畢生の大作』という言葉がふさわしいかと思われます。

 

2009年の8月にこの絵が日本に来ていて、私が仕事に関する用事があって東京に行くことがあったので、これはいい機会だから見ていこうかと思っていると、ここには書くことをはばかられるような内容のことが自分の身に降りかかり、結局見れずじまいでございました。

 

それはさておき、私個人にとっては無論のこと、人類全体にとっても個人個人の内側において強烈な問いかけを今でもするこの絵と出会えたことは自分にとって、本当に貴重な財産であると思っております。